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『必要ながまん』と『いらないがまん』9の話で楽に生きよう



『必要ながまん』と『いらないがまん』9の話で楽に生きよう

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1.『みんなに好かれたい』をやめる

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ある女性の話しになります。

中三で兵庫県から東京に引っ越してきたときは、60人の男子に告白されたほどです。うれしくないと言ったら嘘だけれど、それよりも『困ったな』が大きかった。
男の子にちやほやされることで、女子に嫌われることは決まりが悪かったから。

そこでわたしわ、人生で、初めて、意識的に自分を殺しました。転校前はクラスでも目立つほうでしたが、転校後は髪型も服装と、地味に真面目に。女子ピラミッドの第一グループではなく、第三、第四グループに入って、第一グループの男子とは絶対しゃべらない。それでも告白してくる男の子は途切れませんでした。
ことわれば『調子に乗っている』と言われ、『友だちのままでいてほしいです』といえば『はっきりしない』と責められる。
告白してきた本人でなく、まわりの女子に怒られるのですから、つらかった。
そんな女子たちにはっきりと反抗だきていればよっぽどラクだったことでしょう。ですが当時のわたしはそれよりもらただ、『どうやったらこの状況を丸くおさめららるんだろう?』とばかり考えていたのです。

これは最悪な自分についての恥ずかしい告白です。
なぜなら本音では、わたしは男子にも女子にも好かれていたかったから。人が100人いれば、100人に自分を好きでいてほしかった。
いま思うと、わたしが女の子たちに嫌われたのはモテていたからではなく、全員に好かれようとしていた、八方美人の態度が原因なのだとよくわかります。

もしあの頃、『わたしはこの人が好きです』と好きな人とつきあうことができれば、その1人と仲良くでき、女子からも必要以上に嫌われずにすんだかもしれません。
もしあの頃『わたしはこういう人です』と自分を殺さず表明していたら、男女を問わず、わたしを嫌う人もいたでしょうが、好きになってくれる人もいたでしょう。
でも、わたしはそれをしなかった。
誰ともつきあわなかったし、自分を隠していた。
誰も『本当のわたし』を知らなかったのですから、男の子たちは『わたし自身』を好きなのではなく、『転校生でいつもニコニコしている女子』という架空の存在に、告白していただけなのかもしれません。
モテキはじつはただの幻だった』という残念なオチです。
100人に好かれようとすると、たった1人にも好かれないことを知りました。
何より、自分で自分のことが好きじゃなくなる、という危険があります。

100人中100人に好かれようと、自分を殺すのはやめましょう。仮にそれでみんなに好かれても、それは本当の自分ではありません。『知らない誰か』です。


2.『つよがって1人でがんばる』をやめる

とある話し。
家の中でどちらかといえば『手がかからない子供』だった。わがままは言わないし、自分のことは自分でやる。学校に入ってからも優等生。
先生のいいつけは素直に守るし、勉強もスポーツも全力投球。与えられた目標に向かって努力をし、それをクリアすることが『役に立っている自分の証明』と感じ、言われたことは『100パーセントやる!』

社会人に、なった頃まで優等生時代が続く。
がんばれば、報われる。
がんばれば、うまくいく。
素直にそう信じていた。

ある時自分に一大事な出来事がふりかかってきた。
わたしは『平気なふりをして、1人でがんばる』というのに慣れていたので、無意識のうちに自分に言い聞かせていたのでしょう。
つらいのをがまんしよう。わたしはまだまだ、がんばれる、と。
それでもその『一大事』は自分に抱えきれる問題ではありませんでした。がまんにがまんを重ねた限界だったのか、余計な事が悪化してしまった。
ふとそんなとき友人の顔が浮かびました。
友人というより大の親友。彼女はわたしにとって数少ない、『心を許せる相手』です。
彼女に電話をしてわたしは必死で訴えました。
『あなたがいてくれないと、死んじゃう。お願いだから助けにきて!』...と。

わたしはそれまでずっと、この大親友にすら頼らなかった。弱みを見せて『助けて』と言えなかった。
ギリギリまで追い詰められて、がまんができる心でもなくなったそのとき初めて、わたしは『助けて』が言えたのです。
すぐに駆けつけてくれた親友は、付き添ってくれたばかりでなく、四時間もわたしの手をそっと握っていてくれました。
のちに元気になったとき、彼女に言われました。

『わたしね、あんな大変なときに、あなたが助けて!って、電話してくれたことがうれしかった。』

1人でがんばらなくていい。
大切な人には、弱さをさらけ出してもいい、いいえ、大切な人だからこそ、がまんをしない『ありのままの自分』で正直に向き合うことが、その人を信じることだった。わたしはようやくそれに気がつきました。

その後一大事の解決に向けて話しをして、協力をしてくれる人。頼りになる人を紹介してくれる人、たくさんの方々の思いやりに触れました。
『事実をお伝えすれば、こんなにもたくさんの愛を受けとることができるんだ。いろんな情報をいただいて、自分たちの力にもなるんだ!』
つらいことをがまんして平気なふりをする愚かさを、わたしはこのとき、ふたたび学びました。

しなくていいがまんをして、本当は弱い自分を押し殺しても、いいことは何もありません。そのままの自分を受け入れてくれる人は、自分が思っているよりたくさんいるのではないでしょうか。

つよがって1人でがんばらなくていい。頼っていい。弱いままでいい!『助けて』と弱みを見せたときに差し出される手は、自分が思うよりたくさんあります。

3.必要『正直に生きるとわがままはちがう』

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●役に立たなくていい
●みんなに好かれなくていい
●『役割』にとらわれなくていい
●イライラを悪者にしなくていい
●あふれる涙をこらえなくてもいい
●つよがって1人でがんばらなくていい
しなくてもいいがまんはありますが。
...でも、『したほうがいいがまん』もあります。
しなくていいがまんをやめて、自分に正直に生きる。
ありのままの自分を自分で認めてあげる。
このとき勘違いしないように、自分なりに気をつけているポイントが二つあります。

ポイント1.わがまま放題でいいわけじゃない。
『自分がよければそれでいい』とばかりにわがままにふるまうのは、人間関係を壊す原因になりますし、何より自分のためにならない気がします。
イライラしたり悲しかったり怒ったりしてしまう自分の感情を認めるのは大切なことだと思いますが、すべての人に八つ当たりしたり、悲しいからといって何もかも許されるような態度でふるまったり、突然、怒りを爆発させたり。
これは、社会で生きていく大人にとって許されないことではないでしょうか。家族、親友、恋人など、ありのままの自分をぶつけていい相手と、そうでない相手はきちんと区別する。なかなか難しいことですが、TPOも意識するようにしています。

ポイント2.ありのままと、開き直りは似て非なるもの。
自分が苦手なこと、出来ないこと自分を全開にしました。欠点や弱さを含めて自分をさらけ出したことが、潔く思えて気持ちよかった。
周りのみんなもあなたって面白いねと言ってくれた。

でも、よくよく考えてみると、ただの勘違いでした。
ただ『できない』ということを表現しただけで終わっていたからです。
ありのままの自分は苦手な事、できないこと。それに対して満足していなかった。いずれはそのことが出来るように上達するようになりたかったのです。

『できない自分』を認めるのは、小さな一歩。
でも、そのまま『できない!』と開き直ってしまったら、小さな一歩で終わりです。
『いまはできない。でも、これからできるようになりたい』ここが目指すところであり、もう一歩踏み出すことです。
しなくていいがまんをやめて、ありのままの自分を自分で認めたら、開き直るのではなく、なりたい自分をめざしたい。そう考えます。
そうすれば『ありのままの自分』が、もっと好きになれると思うのです。


4.『曖昧なノー』をやめる

『うーん、行けたら行くね』
気が進まない集まりに誘われたとき、こう答えることはないでしょうか?バシッとことわると気まずいから、ついつい遠回しにことわる。
でも、それがうまく伝わらないと、本当は行きたくないのに、しなくていいがまんをして、嫌々行くことになってしまいます。あるいははっきり答えないまま当日になり、『急に熱が出ちゃって』と適当な嘘をつく羽目になるかもしれません。
でも、その曖昧な気持ちは相手に見抜かれてしまうもの。『本当は気が進まないんだな』と、相手も嫌な気持ちになります。

そんなときは正直に言ったほうが、相手は受け入れてくれます。
『すごく行きたいんだけど、疲れて体がつらいから、今日は家にいるね』
『その日は、旦那さんと子どもと過ごしたいんだ。でも次回も絶対誘ってね』
みんなが正直になったほうが、お互いが気持ちよく過ごせます。
参加しないと顰蹙(ひんしゅく)を買うのでは?と心配かもしれませんが、そんなことはありません。
もし、本当の友だちなら、陰口を言うほうがありえません。『そうだよね、家族でゆっくりしたいよね』と、わかってくれるはず。
行かないことで顰蹙を買うというのは自分自身の思い込みで、人はそんなに細かいことまで気にしてない...と思います。
それに万一、『つきあいが悪い』と責めてくる人がいるとしたら、それは友だちでも仲間でもない気がします。

がまんせずにはっきりことわったほうがいいシーンはまだあって、典型的なのが男性からのお誘いやセクハラ。波風がたたないようにやさしく『やめてくださいよー』と言ったのでは伝わりません。相手を傷つけないように、その場をうまく取り繕おうとすると、『嫌よ、嫌よも好きのうちだよね』と勘違いが生まれ、自分がしなくていいがまんをする以上の、深刻な事態を招くかもしれません。ですから言葉ではっきりと、『ノー』の理由を説明するよう心掛けるといいでしょう。
『二人で夜のお食事は行けません。だってお子さんが生まれたばっかりじゃないですか。奥さまも待っているから、早く帰ったほうがいいですよ』
『わたしはお酒が飲めないから、昼間にみんなでランチをしましょう』
セクハラでない仕事上のおつきあいの会でも、『明日は朝が早いので一次会で失礼しますね』と、あらかじめ時間を区切るという工夫もできます。
やさしく曖昧な『ノー』は、自分にも相手にも不誠実な結果を招くと思うのです。

やさしさとは、ずっと笑顔でいることではありません。相手に対して正直であることが、本当のやさしさです。『ノー』を言わなくてはならないなら、正直な『ノー』を。曖昧な『ノー』は逆に相手を傷つけます。


5.『人の悪口を言わない』をやめる

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人の悪口なんて言ったことがないし、噂話も陰口も大嫌い。そんな人はすごいと思うし、憧れるけれど、実際無理なことが多い。
自己啓発書を書くトップレベルの人たちは、『マイナスな言葉は言わないように、プラスな言葉に変えよう』なんてことを説きます。ですが、それはいろんな勉強をして、精神的に高いレベルになっているからできることで、凡人レベルの自分たちには不可能だとも感じます。

やっぱり、嫌いな人もいるし、普段仲良くしている友だちや、大切なはずの家族の何気ないひとことで、ついむかむかしてしまうことだってある。
悪口は言わないほうがいい、マイナスな言葉を発さないほうがいいというのは、やはりがまんだと思うのです。

心のなかでもやもやしながら『あの人のここが嫌、あのふるまいが嫌、本当にむかつく』と思っていると、余計に嫌な気分が増幅します。
だから悪口は、早めに口に出してしまっていいのではないでしょうか。
ただしルールは必要で、映画に出てくる意地悪な女子軍団みたいに、何人かで固まって、そこにいない人の悪口をこそこそ言うのは最悪です。
SNSを嫌なかたちで活用して、匿名であるのをいいことに、あれこれ悪口を書きこむのも、いっときスッとする代わりに、自分がみにくくなりそうです。

そこで一つの提案なのですが、1人で悪口を言うこと、叫ぶこと。
自分の部屋で『大っ嫌い!』とか『むかつく、むかつく、むかつく!』と。
あまりにむかつきが激しくて声が大きくなりそうなら、1人カラオケでもいいでしょう。
それからむかついた時の理由も言うのですが、なぜかたいしたことが言えないです。
『あのときあんなことを言った』というのをひとしきり言うと、だんだん悪口のネタがなくなってきて『ばか!ばか!ばか!ばか!』と単純な言葉しか出てきません。子どもみたいなことを言っている自分の声を自分に聞かせるのがポイントで、だんだん笑えてきます。
こうなればしめたもの。悪口デトックスは完了です。
悪口をがまんしないことで、心のドロドロがスッキリ洗い落とせます。

嫌な気持ちは、瞬間、瞬間に、湧きでてくるもの。がまんしてその感情を抱えるのは心に毒。その瞬間、その瞬間、『つかんで捨てる』を繰り返す。悪口デトックスを自分なりに工夫して行いましょう。スッキリした心を保てます。

6.必要『相手を傷つける一言はこらえる』

●友だちは100人いなくていい
●無理してまわりに合わせなくていい
●『ノー』ははっきりいっていい
●『無意味な謙遜』はしなくていい
●人の悪口は言っていい(言い方に工夫)
●くたびれるつくり笑いはしなくていい
●過度の遠慮はしなくていい
●困ったときは人に頼っていい
...でも『したほうがいいがまん』もあります。

しなくていいがまんをやめて、なんでも正直に言う。
自分らしい人間関係を目指す。
このとき勘違いしないように、気をつけるポイントが3つあります。

ポイント1.相手を全否定しない。
人間関係はなるべくストレートに、正直にすることが大切。かと言って、相手のことを全否定しないように注意すること。神様ではないから、苦手な人や嫌いな人いるものです。また、仲のよい人のふるまいが気になってしまうこともあります。でも、いくらむかついても、嫌いでも、その人に傷つけられたとしても、それは『自分がそう思う気持ち』であって、全部が自分の問題。相手の問題ではありません。自分が嫌いでもその人のことを好きな人もいます。だから『この人は人としてダメだ』などと全否定するのは、違うのではないか、と思っています。

ポイント2.傷つけることは言わない
思ったことを正直に言うべきだけれど、それはなんでも言っていいということではないでしょう。
太っているとか、気持ち悪いとか、つまんない人とか、子どもでも言わない言葉は誰だって口にしないと思いますが、マイナスな言葉を相手に言う場合には配慮が必要だと思います。たとえば誰かの体のにおいが気になったとしても、デリケートな問題なので、そこはこちらががまんしましょう。

ポイント3.ときにはやさしい嘘も必要
全部正直に言えたらすばらしいと思うし、親友にはかなりそうするもの。それでも距離感がある人たちや仕事関係の人には、ときには嘘も必要。それが人間ができるわざなんじゃないかなと思っています。
嫌なものは嫌だけど、『嫌です!』と動物みたいにわめくのではなく、ちょっとオブラートに包むのは人の知恵です。いきなり、『わたしは上司にすっごいがまんをしてたんだ!』とあれもこれも言い出したら、ただの情緒不安定だと思われてしまうのではないでしょうか。
自分に正直に、人にやさしく。そんな人間でありたい。


7.『好きな人になんでも合わせる』をやめる

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とある話し。
理想の方との出会いによってお付き合いをはじめることになりました。
わたしには、自分の理想とする女性像がありました。
料理が上手で、家事が完璧で、旦那さんに尽くし、家族を明るく支える女性。
その理想の女性は、わたしの母にそっくりであり、彼の『理想の妻』のイメージとも重なっていました。
目標を立てて努力したり、役割を果たして喜ばれるのが大好きなわたしは、自然と『彼に合わせた新キャラ』に変身していきました。彼より3歩は下がれないけど、2歩ぐらいは下がろうかな、というふうに。

出会った頃は素の自分だったはずなのに、『嫌われたくない、もっと好かれたい』という気持ちがつよくなり『彼の理想の女性像』になろうとしてしまったのです。
料理が苦手ということもあり、料理教室を三つも掛け持ちしたことも。

ところがこれが裏目にでたのです。彼が好きで自分も憧れる『理想の女性』に向かって努力するうちに、自分の好きな飲みものすらわからなくなってきたのです。彼が『コーヒーがいい』と言えば自分もコーヒー。彼が黒と言えば、白いものも黒く見える。
結婚が具体的になってくると、彼から言われたのです。『仕事は辞めて家に入ってほしい。』
当初はわたしもそのつもりでしたが、仕事の調子がよくなってきて、仕事がまたおもしろいと思うようになっていました。

いざとなると『本当に仕事を辞めていいのかな?仕事を辞めたくないと気持ちを伝えたけど、仕事を全部辞めてほしいと言うのはひどくない?』と疑問が、湧いてきたのです。彼が大好きで、つい彼に合わせてしまったけれど、最後の最後にがまんできなくなったのでしょう。
『やっぱり結婚しても仕事は続けたい』
それが原因で彼とはお別れしてしまいました。
いくら彼に好かれる『理想の女性』になれたとしても、それは自分でなくなってしまうこと。わたしは理想の女性より、理想の自分を選んだのです。

好きな人に合わせているとき、『がまんしている』という意識は消えます。でも、『無意識のがまん』ほど危険で心を蝕むものはありません。


8.『愛されないと愛さない』をやめる

『好きな人と関係をもったんだけれど、それっきり連絡がない。でも自分から連絡するのは嫌だ』と悩んでる人がいます。

逆に、『えっ、たとえ一回でも、好きな人とそういうことができたんだよ。すっごくよかったじゃない。ゼロよりずっといい!また会いたいなら、自分から連絡すればいいよ!好きになってそれを表すのが、どうして自分の安売りなの?』との考えもあり。

そもそも『古記事』には、イザナミの体の『足りないところ』と、イザナギの体の『余ったところ』を無邪気に合わせる『国生み』によって日本ができたと書いてあります。
アダムとイブがお互いの体を隠したキリスト教文化の西洋と比べたら、日本人はもとまと性におおらかな民族なのかもしれません。
恥ずかしがらなくていいし、好きな人を求めるのは自然なことだと思います。妙なプライドや、『はしたない』という女性のためらい、『好きになるより好かれたほうが勝ちだ』みたいなゲーム感覚で自分の気持ちをがまんするのは、やめにしてもいいのではないだろうか。

たとえ片思いでも、誰かを好きになることはすてきなことです。『わたしなんて愛してもらえるわけがない』と決めつけてすねている人もいますが、『勝手に自分から好きになっちゃえばいいのに』と思います。
『わたしなんて』と言っている時点で、向こうが好きになってくれるという見返りを期待していますが、自分が好きになれたら、それだけで幸せです。
誰かにときめく『好き』という気持ちが自分のなかにあるだけですごいこと。
数多くの人が暮らすこの世界で、たった1人のことを『好き』と思えたことはすばらしいこと。
『好き』をがまんするのはもったいないと思います。

片思いでいい。相手が好きになってくれなくてもいい。誰かを好きになる。それだけで、すばらしいことです。『好き』という気持ちを素直に出せば、自分も世界も明るくなります。

9.必要『感謝や思いやりの心を忘れない』

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●『理想の相手』は探さなくていい
●好きな人になんでも合わせなくていい
●みんなを喜ばすための結婚はしなくていい
●『好き』と思えたらそれですばらしい
●湧いてきた直感にふたをしなくていい
●うれしい気持ちに素直になっていい
●マイ・ルールにこだわらなくていい
...でも、『したほうがいいがまん』もあります。

しなくていいがまんをやめて、自分を尊重しながら人を愛していく。このとき勘違いしないように、気をつけるポイントが3つ。

ポイント1.『ありがとう』を忘れない。
ずっとつきあっている恋人がいる人、結婚して何年もたっている人も多くいると思います。
カップルになって長くなると、いつの間にか甘えが出てきて『ありがとう』という言葉を忘れてしまうことがあります。新婚であれば自然と出来ているものですが。
照れくさいとか、面倒くさいという気持ちはがまんして、感謝の気持ちは伝えましょう。とくに男性には『ありがとう』を言ってほしいと思います。

ポイント2.『好き』は二人の潤滑油。
『好き』と言葉にするのは大切なことです。やはりカップルになって長い人は、お互いに『好き』とあまり言いません。それでも『好き』と言われてうれしくない人はいません。二人とも苦手でもそこはがまんして『好き』と言葉にするといいと思います。

ポイント3.『好き』のお返しを求めない。
『好き』という気持ちが素直に出て言葉になるのはいいことだと思いますが、つい相手にもお返しを求めてしまうのです。
『ねぇ?わたしのこと好き?好きなら好きって言って』
これはほとんどの男性が、ドン引きします。
『好き』は自分から言ってこそすてきなもので、相手に求めてはいけないと思います。それに、無理やり言わせた『好き』よりも、言いづらいのに自分のために照れくささをがまんして言ってくれた『好き』のほうが、ありがたみがある気もするのです。



しなくていいがまん

この本を読んでいて結構感動しっぱなしだったのは秘密です。笑笑
自分の実体験を元に、その時の状況や状態を客観的に見て書かれています。自分が色んな本を読んできて、アナウンサーの方って物凄い考えてるし、いつもどうしたら良くなるの?って考え方もしっかりしていて努力の量も尋常じゃないんだなって感じています。
自分の実体験とそこからどう変えていったのか、それを周りに情報として伝えていく、よく考えれば素晴らしいほどにすばらしいと感心します。

皆さんも普段日頃からがまんをしていますよね。
要らないがまん。そして必要ながまんの区別をしっかりつけて生きていくと、人間関係も良好になるし、毎日楽しく過ごせるのだと気付かされました。

昔の自分もがまんの連続でした。無駄にがまんしすぎて、溜め込みすぎて、挙句のはてに失ったものまであります。別の意味でがまんし過ぎるとナメられることもあれば、さらに利用されることもあるのです。
それは自分の経験の中で学んだことです。

まだ、なにか起こってしまう前に。一大事になってしまうまえに、自分を塞ぎ込んでしまわないように。
やめるべきがまん。そしてやるべきがまん。
考えていくといいと思います。


どうも!ゆうきでした!
また見てください!
皆さんの明日がもっと輝ける日であるように...



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